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【現代におけるイメージとはなにか】デジタル化によって紙媒体は消滅するのか

イメージとは

イメージとは現代においては、様々な対象をさす言葉になった。イメージには、大きく分けると、2つの定義がある。ひとつが心理的なイメージで、我々が太古の昔より心に抱いてきたものである。人間だけでなく、すべての動物が、心理的なイメージを持っているといいだろう。もうひとつは、絵、映像、像などであり、事象や視覚的イメージを媒体に定着させたイメージである。このふたつめのイメージについて論じていく。

 

 

歴史

古くは旧石器時代のスペインアルタミラ洞窟壁画や、フランスのラスコー洞窟壁画などが確認されている。心理的なイメージを、動物の骨や、石に傷をつけるとこからはじまり、現代においては、様々な映像作品や、高解像度の写真が当たり前のものとなっている。

 

古代エジプトでは、「紙」を意味する英語の「paper」やフランス語の「papier」などの由来でもある、文字の筆記媒体であるパピルスが使用されていた。口頭による伝承から、石器時代の壁画による記録、そして古代エジプトパピルスによる記録。現代においても、紙による記録が重要なものであるということは、驚くべきことであろう。20世後半に入り、それまで圧倒的な地位を何千年も誇り続けていた紙にとってかわる媒体が、メインストリームにのし上がってきた。その媒体とは、写真や映像などであることは言うまでもないだろう。

 

 

スマートデバイスの出現

しかし、写真や映像が台頭してきても、紙の優位は揺るがなかった。なぜなら、写真は基本的に紙に印刷されて使われたし、映像もポータビリティという面で圧倒的に、紙媒体に遅れをとっていたからである。その紙優位の関係が崩れてきたのは、現代、とりわけ21世紀にはいってからの、デジタルデバイスの台頭が原因のひとつとして挙げられる。

 

iPhoneの発売、普及を皮切りに誰もが、ポケットにデジタルデバイスを持ち歩く時代がやってきた。もちろんそれまでもコンパクトデジタルカメラや、e-mailの普及などはあった。しかし、この老若男女誰しもが、ポケットにスマートデバイスを持ち、情報をすぐさま記録し、発信することができるということは、21世紀における大きな変化である。

 

急激なデジタル化に伴い、2つの大きな変化が現れた。第一に、誰もが情報を発信できることによって、誰もが、アーティストやレポーターになりうるということだ。SNSで拡散された情報は、その情報が貴重だったり、革新的なものであれば、すぐさま世界中に広がり、世界中の様々な人物の目に入ることとなる。これはひと昔前には考えられなかったことである。そして、簡単かつほぼ無償で、自分の作品やアイデアのイメージを他人に伝えることができる。これはこの先多くの本来であれば、埋もれていたであろう人材が、世界に羽ばたく可能性を示唆している。

 

もちろん誰しもが、簡単にイメージを記録し、発信できることによる弊害も多く認められる。SNSによって、イメージが全世界に拡散されるという事実に、現実味を持つことができない人が存在する。それはメディアリテラシーの教育が不十分な子供に、デバイスを与えることで発生するのはもちろんだが、成人した大人であっても、世界中でSNSの誤った使い方をしている人がいる。例えば、自分の幼い息子にたばこや大麻を吸わせる動画をSNSにアップロードしてしまう人物がいる。これから更にデジタル化が進む社会で、メディアリテラシーを高めることは、必須の教育のひとつとなっていくだろう。

 

第二に、紙媒体の実質的消滅が挙げられる。紙は我々人類が長きにわたって多くを依存してきた媒体である。近年、その紙媒体離れが着々と進みつつある。今まで紙に印刷されていたデータはPDFファイルとして、サーバーにアップされるようになってきた。人々はそのデータをパソコンはもちろん、スマートフォンタブレットにダウンロードしいつでもデータを確認し、編集し、共有することが可能なのである。近い将来、モバイルデータ通信の通信範囲が日本の95%に及ぶといわれている。そして、One DriveやGoogle ドライブなどのオンラインストレージの利用が当たり前になり、大容量の内部ストレージを持つスマートデバイスを持ち歩く必要性さえ、少なくなってきた。

 

そして、もうひとつ注目すべきは、電子書籍の台頭である。電子書籍の普及により、古き良き紙媒体の書籍はなくなってしまうのであろうか。私は、近い将来に、紙媒体が完全に消滅する可能性は、限りなく低いと考える。なぜなら、人類がこれほど長くにわたって使い続けた紙媒体には、スマートデバイスにはない手軽さと、物質としての安心感がある。デジタルなデータに対して、全くの不安がなくなり、むしろ紙媒体にのもろさに不安を抱く時代はいつか来るであろう。しかし、それはもう少し先の未来のことであると私は考える。